円堂まゆみの日記

090929_2044~01
               息子夫婦からのプレゼント

 今日は私の誕生日でした。朝からお祝いのメールやプレゼントが
 届いて最高の一日でした。パグおじさんとフランス料理を
 食べてきました。すごく美味しかったです。私は幸せモンだあ。(笑) 

 久し振りに雨が降りました。水不足で藺牟田池の水が干上がって
 いるそうです。水不足に加えて農業用水に使われてしまったらしい。
 珍しい風景を見にたくさんの観光客がきてるそうです。見に行った知人が
 干上がった土の上に白鳥が座っていて可哀想だったと言ってました。
 もちろん、ボートは使用できないけど、その代わりにサイクリング自転車の
 貸し出しが多いそうです。
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 今日の明け方に不思議な夢を見たんです。どういうつながりだったか?
 前半は忘れてしまったんだけど、肝心な部分は目に焼き付いています。
 
 ロケットが宇宙へ飛び出そうとしている絵なんです。そして文字が
  ハッキリと現れたんです。「 脱出命令 」と

 夢が気になって、仕事に行く車の中で考えました。そうなんだあ・・
 わかりました。実は「ザ・シークレット」を読んでから、何か気になることや、
 落ち込んでクヨクヨしてる時に、私の気持ちを切り替える合図を
 作ったんです。

 その時に閃いたのが、私がスーパーマンになって「宇宙へゴー!」と
 言うのと同時に、地面を蹴って宇宙へ飛び出すイメージです。
 これがすごいんですよ。やった瞬間、もうクヨクヨしてた事は忘れちゃうんです。
 まあ、根が単純だから切り替えが早いのかもしれないけど。(笑)

 この2週間、忙しくて、忙しくて・・東京へ行くまでに人形を完成させる事、
 2泊3日の旅行、法事、パグおじさんの怪我、パグおじさんの爆弾宣言など
 疲れと心配事でいつの間にか、私は落ち込んでいたんです。
 
 そんな私を心配して、見えない誰かさん達が、メッセージの夢を見させて
 くれたんです。
 「考えても仕方ない事でクヨクヨするな、宇宙へ脱出せよ!命令だよ」と。
 こんな私をいつもいつも導いてくれる、見えない誰かさん達、ありがとう
 ございました。言葉だけではなく、今夜は活字にしてお礼を言います。
 ホントにありがとう。(ペコリ)
 ホントにもう~、いい加減にしなさいよ。
 パグおじさんが、東京で怪我して帰ってきました。
 大きな声では言えないけど、初めてではないんです。(ふ~っ)
 
 法事の後、ホテルで中華料理を食べました。ビール、紹興酒や焼酎を
 たらふく飲んで、この時に妹の亭主から足がふらついていると
 指摘されていたんです。これで止めておとなしく寝てくれたら
 良かったんだけど・・
 夜は兄の所で寿司をとってくれて、兄の娘達や孫達、そして
 弟家族が来たんです。兄が又、ビールや焼酎を飲ませて・・
 アンタねえ、丁寧に断ればよかったんだよ、アンポンタン!

 隣の仏間で子ども達が遊んでいました。そこへフラフラと歩いて行って・・
 「ああ~、大変だあ!」と子ども達が言いました。何かやらかしたなあ
 と心配しつつ行ってみると、仏壇の前でひっくり返ってました。
 供えてあった水をこぼして仏壇と畳はビショビショに・・姪が掃除して
 くれました。情けないです。なかなか立ち上がれなくて・・何とか
 鹿児島に帰ってきました。

 今日は、午前中だけ仕事をして、午後から整形外科へ行きました。
 先生が「どこで転んだの?畳、カーペット?」と聞いても
     「何時頃転んだの?」
     「どんな感じで転んだの?」
 何を質問されても「酔っぱらってて覚えていません」ばかり言うので
 やりとりを聞いていた看護士さんがおかしくて吹き出したそうです。
 ホントに情けない、結局、肋骨を骨折(前回の法事では足を骨折)してた
 そうです。カアちゃんは涙が出て来ました。情けない、ホントに情けない・・
 仕事に行く時は、胸の上にコルセットを巻いて行くそうです。もう痛くて
 寝ました。
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 私の母は81才で、実年齢より若く見えて、元気なのが自慢だったんです。
 ところが夏、兄夫婦が旅行へ出掛けてすぐに具合が悪くなり、救急車を
 孫娘に呼んでもらって入院しました。1週間で退院できたけど、声に力が無く
 このまま死んでしまうのかと心配しました。父の法事で東京へ行きます。
 その時に元気になる物をプレゼントしようと考えたのが両親の人形でした。

 「思いっきり若くてきれいで、思いっきりお洒落で、思いっきり元気になる人形」
 を考えました。母の過去生の一つであるフランスで、父が母に結婚を申し込み
 母が一番幸せな時の人形なんです。本当はどうかしりません。(笑)
 婆さん、爺さんの人形じゃあ元気が出ません。何しろ老いを認めたくない人
 なんです。若い頃は綺麗だと言われたのが自慢の人です。思いっきり元気に
 なって欲しいと、私の方がコッパズカシクなる人形を作ったんです。(笑)

 若い人の店でちょうどバーゲンをしていて、可愛い服が安く買えました。
 ほどいてワンピースを縫って、二人にベレー帽をかぶせて、(これは童話作家の
 話をヒントにしました。笑) ブーケを作って、家にあった椅子を白に塗り替えて、
 父の膝に母を座らせて、父の手を母の肩に回して・・夜なべして何とか
 作り上げました。口の悪い兄弟から昼間は寝ていたんだろうと言われました。(笑)

 人形と椅子を持って飛行機に乗り、実家に行く前に立ち寄った熱海の温泉まで
 この人形を持ち歩きました。ふ~っ、こんな大変な思いをして作った人形を
 果たして母は喜んでくれるんだろうか?と思ったら・・
 母は私が人形を買ってきたと勘違いしてました。私が作った事にまずビックリ、そして
 フランスでの父と母だという私の口からでまかせ話を信じ込み、舞い上がってました。
 母に「元気が出た?」と聞いたら、「元気になったわよ」と大満足してました。
 思いっきり元気にさせる作戦は大成功のようでした。(笑)
 「私を変えた、あの時、あの人、あの言葉」 その2です。

 75才、男性の話です。
 数年前、現役引退と同時に精神的にも肉体的にも、ガクンと老化して
 しまった。一日何もすることもなく、体が痩せてきて、ちょっと体を動かせば
 すぐに動悸がするし、階段も手すりにつかまってフーフー言う始末。
 完全な「病人」のようになってしまった。

 私を心配した奥さんがある日、赤いベレー帽を買ってきて
 「これをかぶって若返ってちょうだい」と言った。
 最初のうちは恥ずかしかったが、そのうちに慣れて散歩へ出た。
 公園のベンチでタバコを吸っていると、数人の小学生が通りかかり
 その一人が
 「ステキな帽子ですね。おじさんは芸術家ですか?絵描きさんですか?」
 と聞いてきた。
 「さあ、なんだと思うかね?」と聞き返すと、一人の女の子が
 「おじさんは、童話を作る人でしょう?」と言った。

 この女の子の一言が「神様のお告げ」のように思われ、その日の夜から
 童話づくりに熱中するようになった。あっちこっち応募したが、片っ端から
 落選したが、めげずに書き続けた。

 大分県三重町で「町おこし」の一環として創作童話を公募していた。
 乏しい力を振り絞って「浦島太郎、ネス湖へ飛ぶ」という童話を書いて
 応募した。600件の応募の中から10位以内に入り、二次審査で、
 お話の実演をしてもらいたいという連絡が入った。15枚の原稿を正確に
 暗記するのは、至難の業だったが、一心不乱に練習した。

 二次審査で「最優秀賞」をとり、活字になった。その後も落選を重ねているが、
 降圧剤から解放され、40代、50代の時より、精神的にも、肉体的にも
 適度の緊張と喜びのある充実した日を送っている。
 今読んでる本「私を変えた、あの時、あの人、あの言葉」の中に
 心を打つのがあったので紹介します。

 クマンバチの話です。
 私は(本人)、地方の無名の高校に通っていたが、東京で大学
 生活を送りたかった。高三の時、
 「現役で合格、なおかつ早稲田か慶応に限る」
 と条件付きで親の承認を得た。高校の進学担当教師に相談したら、
 「アホかお前は。2浪しても3浪しても早・慶など入れん」と言われた。

 「ラジオ講座」に面白い先生がいて、入試問題とはまるで関係ない
 話をとりとめなく話していた。
 「クマンバチは体が大きくて、羽が小さい。あれは本当は、1秒間に
  何万回羽ばたいても、空を飛べるはずがない物体なんだ。
  現代航空力学で計算すると、絶対に宙に浮かばない。世界中の
  科学者も説明できないんだ。しかし、クマンバチは現実に飛んでいる。
  これが何故だかわかるか?
  クマンバチは、自分が飛べないことを知らないから飛べるんだ。
  君たちは、まだ、18年かそこらしか生きてない。それなのに、自分は
  このくらいの点で十分だとか、勝手に自分の可能性を決めつけるな。
  飛べると信じれば、きっと飛べるんだ」

  目からウロコが落ちた。その時を境に、周りの声を無視して早・慶のみを
  目指して受験勉強に没頭した。必ず合格できると信じた。高校入試の
  時は、50にも満たない偏差値だったのに、秋には60,年が明けた頃には
  80近くにまで上がっていた。現役で早稲田に合格した。
  皆さん、自分の中には無限の可能性があるかもしれませんよ。(笑)
絵の教室から帰ってくると、パグおじさんがビックリ眼で言いました。
 「ビックリしたあ!誰が来たと思う?ドンマック夫婦が突然来て
  ビックリしたあ、ビックリしたあ・・・・・・・・・・・・」
 この後、寝るまで「ビックリしたあ」ばかり言ってました。(笑)

 パグおじさんは、当番明けで朝帰ってきて10時頃から
 昨夜と今日の分の飲ん方を始めていたんです。焼酎の事では
 とても几帳面で、飲み忘れは決してありません。
 「夕べはお客さん?が多くて一睡もしていないんだ。さあ焼酎飲んで寝るぞ!」
 と張り切っていたんです。
 
 パグおじさんの供述調書です。
 「玄関でピンポンと音がしたから出てみると、ドンマック夫婦が
  いたのでビックリした。突然の事でうろたえた。カアちゃんが
  いないのにどうしよう!俺に接待は無理だぜ!どうしようかと思った」
 (パグおじさんは、一人っ子で育ち、未だに家の事に手を出しません)

 「ドンマックがイチローに興味を示し、ゲージから出したらどうなる?
  って言うからイチローを出した。イチローは大喜びで部屋の中を
  走り出し、俺の座椅子にオシッコをしてしまった。いいところを
  ドンマックに見せようと思っていたのに恥ずかしかった。ドンマックに
  躾がなってないと怒られ、1週間俺のところに預けたら躾てあげる
  と言われた」
  (ついでにパグおじさんも躾て下さい)

 「ドンマック夫婦にお茶でも出さないといけないと考えた。だけど
  何処に何があるかわからなかった。カアちゃんがよくゴソゴソしている
  引き出しを開けたらコーヒーカッップと皿があったからコーヒーでも
  いれるかと思った。コーヒーの粉をカップに入れ、ドンマックに
  砂糖はいるか?と聞いたらいらないと言った。良かったあ、砂糖が
  ある場所がわからなかったんだ。とりあえずお湯を入れて、二人に
  コーヒーを出してあげた」

 「何かドンマック夫婦の様子が変だぞと思った。俺が入れたコーヒーに
  不都合があるのかな?見るとコーヒーが解けてない。何!確かに
  俺はお湯を入れたぞ。何で解けないんだあ!冷や汗をかいた。
  もしかして、よくカアちゃんがコーヒーを沸騰させていたあれかな?ドヒェ~!
  何でこうなるんだあ。ドンマック夫婦は人が良いから、上澄みだけを
  飲んで大丈夫だと言ってくれた。カアちゃんから何て言われるか恐ろしかった」
 
 (カップと皿もチグハグのを出してました。ドンマックさん、奥様、せっかく
  来て頂いたのにごめんなさい。ペコリ これがパグ家のありのままの姿です。
  笑いを提供する事、それがパグ家の家訓になりそうです)
 「心に残る・・」の笑っちゃう話です。

 ある女性が日曜日の朝早く、東京の地下鉄に乗ったそうです。
 いつもは人で溢れているのに、朝の車両には隅でぐっすり寝ている
 若い男性が一人いるだけでした。電車が停車しました。
 
 すいた電車の中に乗ってきたのは、パンチパーマと角刈りの
 サングラスの男2人だけだった。私(本人)の真ん前に座って
 手足をゆらゆら振りながら大声で話し始めた。

 「ヤーサン」という文字が稲妻のように頭の中にひらめき、頭の
 中心から「目をつむって寝たふりをせよ」と命令がとんだ。
 「決して目を合わせてはいけない。急に立ち上がって席を換えては
  いけない。ただひたすら眠っているふりをせよ」
 昔、親か兄弟から聞いた言葉である。
 
 膝の上に載せていたハンドバッグが床に落ちた。ハッとした。
 その時、話し声が聞こえてきた。
 「よわったよ」
 「おれもだ」
 「物がいいか、金がいいか」
 「全く、人騒がせだぜ」
 「ひでえ野郎だ」
 「どうしてくれる?」
 私は膝頭が震えてきた。

 「母の日なんか、考えだした野郎はどこのどいつだ」
 電車が止まり、2人は下りた。パンチにも角刈りにも産んでくれた
 母があったのだ。私は力が抜けると同時におかしかった。
 「心に残る・・」からのいい話です。
 
 校長になって1年目の話です。春の運動会で初めと終わりに
 全校児童の前で話をします。失敗があってはいけないので
 原稿を書いて用意したそうです。終わりの挨拶を始めようと
 子供たちを見渡すと、たくさんの子供が胸にリボンをつけてました。
 1等が青のリボン、2等が黄色のリボン、3等が赤のリボンです。
 3回の競技で3つもつけている子供もいます。中には一つもリボンが
 ついていない子供もいました。

 校長先生は、別の話をすることにしました。
 「皆さん、今日はよく頑張りましたね。リボンが3つの人は立って下さい。
  ほう、すごい、君たちはよく頑張りましたねえ。はい、座って下さい。
  ではリボンが2つの人は立って下さい。この人たちも頑張りましたね。
  はい、座って下さい」
 このころになると、周りにいる大人達は一つのリボンももらえなかった
 子供の事を心配したそうです。
 「では、リボンが一つの人は立って下さい。君たちもよく頑張りましたね」

 「はい、ではリボンをもらえなかった人は立って下さい。
  何人かいますね。君たちもよく頑張りましたねえ。校長先生は形のある
  リボンではなく、心のリボンを皆さんに今から投げますから、皆さんは
  校長先生のリボンを受け取って下さいね。いいですか、それっ!」
 校長先生は両腕を一杯に広げてリボンを投げる真似をしました。
 リボンのない子ども達はウワッ~!と言って両腕を広げて、校長先生の
 投げたリボンを受け取りました。校庭にいる人達は大きな拍手をしたそうです。

 校長先生は、キザなことをしてしまったと後悔したそうです。もう来年は
 するまいと思ったそうです。するとある父親が来て言ったそうです。
 「校長先生、ありがとうございました。うちの子は太っていて今まで
  リボンをもらったことがないんです。今日は校長先生から心のリボンを
  もらって子供は喜んでました。次の運動会でも心のリボンを下さい」
 次の年も、その次の年も校長先生は心のリボンをあげたそうです。
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若い頃と比べると、翌朝になっても疲れが取れないとボヤク
 パグおじさんの為に、薬用入浴剤をたくさん買ってきました。
 最初は私が入れていたんだけど、いつの間にか自分で入れてました。
 何でも面倒がるパグおじさんが、自分で入れるなんてすごい事
 なんですよ。(笑)ちなみに昨日は「長野五色の湯」、今日は
 「いい湯旅たちミントの香り」でした。(笑)よっぽど疲れているのかな?

 私は浴槽全体が泡だらけになる入浴剤を探しているんだけど
 見つからないんですよ。有名な温泉に行かなくても手軽に温泉を
 楽しめるから楽しいです。
 この年になって、こんな事が起こるんですねえ。恥ずかしい話です。
 もう1ヶ月前から歯がどうかあったんです。早く歯医者に行けばいいのに、
 怖くて行かなかったんです。火曜日の晩、何か頭がどうかあって、
 おでこを触ると熱があるんです。測ってみると38度でビックリ!

 どうしよう、早く歯医者に行けば良かったと反省しても遅い!職場は
 インフルエンザの事でピリピリしてるのに、まぎわらしい熱なんかで休めないよう!
 とオロオロしてたら、パグおじさんから言われました。
 「薬を飲んですぐ寝ろよ」
 そうだ、薬を飲んでガバッと寝たら治るかも?(根が単純なんです)
 引き寄せの法則を使いました。(笑)8時過ぎには寝てしまったんです。(笑)
 
 変な夢を見たんです。寝る前、TVに桂歌丸さんが出ていて、それが頭に
 こびりついていたのか?、夢の中で歌丸さんが落語をやってるんです。
 芸者の家に男がいたんです。そこへ男の女房が亭主の浮気現場を
 おさえようとやって来る話なんです。歌丸さんの話がうまいんですよ。
 根が単純な私は、いつの間にか芸者になっていたんです。(笑)

 ドンドンドン!玄関の戸を誰かが激しく叩きます。
 芸者の私 「今頃誰だろうねえ?」 
 勝ち気な女房 「お前さんがそこにいるのはわかってるんだからね!」
 浮気モンの亭主「まずい!女房がやってきたあ!」
 芸者の私 「私が出て、あんたの女房に誰もいないと言うから」
 浮気モンの亭主「駄目だ、お前の顔を見たら女房の奴、何をするか
            わからない、とりあえず風呂場に隠れていてくれ。
            俺が何とかして女房を家に連れて帰るから」
 芸者の私は風呂場に隠れます。この芸者、何を思ったのか?着物を脱いで
 風呂に入ろうとします。玄関先では夫婦が大声でもみ合っています。
 その声を聞きながら、早く風呂に入らなくちゃあとあせります。

 そこらへんで眼が覚めました。何のこっちゃあ!訳のわからない夢を
 見ました。あせって着物を脱ごうとするけど、脱げない感覚が妙にリアルなんです。
 「何~!なんで私はパジャマの上着を脱いでいるんだあ?????」
 ウソだよねえ、この年で寝ぼけた?解熱剤と整腸剤を一緒に飲んだせい?
 38度の熱でこんな失態をしたのか?ショック!
 子供の頃はよく寝ぼけて、近所の駄菓子屋までお菓子を買いに行った
 らしいけど、こんな年になってこんな事が起きるんですねえ。恥ずかしい! 
 
 服を脱ごうと暴れたのが良かったのか?朝起きたら、汗ビッショリかいていて
 平熱に戻ってました。 イチローの散歩にも行ったし、仕事にも行きました。
 パグおじさんが、あの熱は何だったんだあ?と呆れていました。(笑) 
 久し振りに懐かしい人のエピソードを知りました。
 私と同年代の方はご存じだと思います。柳家金語桜さんです。
 漫談?とかNHKの「ジェスチャー」にも出てました。

 もう随分前の話です。
 ある施設で柳家金語桜さんに慰問をお願いしていました。施設の
 老人達はその日がくるのを首を長くして楽しみにしていました。
 いよいよ明日は金語桜さんがくると準備をしていると、金語桜さんの
 マネージャーさんから電話がかかってきました。
 「実は金語桜さんが高い熱を出して、明日はそちらを訪問できる状態では
  ないんです。申し訳ないですが、キャンセルさせて下さい」

 施設長は困り果てました。みんな金語桜さんが来るのを楽しみにしてます。
 今更、「来られなくなった」と言えば、どんなにガッカリするだろうと
 迷っていると、しばらくして電話がかかってきました。

 又、マネージャーさんからです。
 「私が金語桜さんにお断りの電話をしたと伝えると、叱られました。
  ギャラを頂戴しての出演ならギャラをお返ししても取りやめができるが、
  奉仕の出演はそうはいかない。金銭ではなく、相互の信頼で成り立つ。
  無料の出演だからといって取りやめはできないと」

 金語桜さんは、約束どおり施設を訪問してくれました。控えの部屋では
 元気がありません。でもお客さんの前では何事もないような元気な
 様子で皆を笑わせてくれました。もう一つの施設には山を越えて30分
 かけて移動しました。車の中ではぐったりしてましたが、次の施設でも
 老人達を笑わせてくれたそうです。それから3ヶ月後にガンで亡くなった
 そうです。私は当時、金語桜さんが亡くなったのはニュースで知ったけど
 そういうエピソードがあったとは知りませんでした。素晴らしい方だったんですね。
 「心に残るとっておきの話」に犬の話があり涙がでました。
 或る夫婦が、柴犬を飼っていたそうです。夜になると時々
 ワンワン吠えるので気になっていたそうです。
 
 ある晩、近所の男性が怒鳴り込んできて言いました。
 「犬がうるさくて赤ん坊が泣きやまなくて困っているんだぞ!」
  その犬を捨てるか、殺すかしろ!」
 凍りつくような恐ろしい言葉を聞き、夫婦で震え上がりました。
 夫婦には子供がなく、犬を子供のように可愛がっていたのです。
 
 悩んだ末に、大阪に住む妹に頼み、犬を車に乗せて連れて行きました。
 久留米に帰ってきたその晩、妹から電話がありました。
 「兄ちゃん、犬が鎖をかみ切って逃げたよ!」
 犬が逃げてから2週間目に広島県呉市の警察から電話がありました。
 首輪に連絡先の電話番号と名前が書いてあったのです。
 すぐ駆けつけると犬は骨と皮になっていたけど、主人の顔を見た途端
 飛びついてきたそうです。本能で西の方角だと思い、主人に会いたい
 一心で何も食べずに走って来たのでしょう。
 久留米に連れて帰ると、奥さんは犬に抱きついて泣いたそうです。

 その晩、近所の赤ん坊が泣くのが聞こえました。主人はすぐその家に
 行きました。そして、そこの主人に言いました。
 「赤ん坊がうるさくて迷惑しているぞ!その赤ん坊を捨てるか、殺すかしろ!」
 そして犬の話をしたそうです。赤ん坊の父親は一瞬凍り付き、そして土下座して
 謝ったそうです
 「申し訳ありませんでした。許して下さい!」
 犬は命を懸けて主人の所へ帰って来られたけど、無理がたたったのか?
 1年ほどで死んでしまったそうです。